パチスロ情報掲載。新明解パチスロ辞典

1号機

(1985年〜1987年)

1.0号機

昭和60年に1度目のスロット業界全体に対する法律の規定が行われました。 新風営法が施行され、保通協の検定制度がスタートし、回胴式のメダル料金は全国一律の1枚20円と統一が規定となりました。 これにより事実上の「回胴式」1号機スタートということになります。

1号機からは0号機と違い基本的な規定がかなり変更になり、より現在のスロットマシンに近い作り、制御になっているため人々に対する認知度などがかなり高くなりました。

1号機の主な規定を紹介しますと

  • ・BIGボーナスシステムの採用
  • ・ボーナス抽選システム(メーカー側は吸い込み方式を採用することが多かった)
  • ・等倍返し
  • ・1メーカー1機種規制
  • ・BIG1回の獲得枚数は370枚

というのが一番最初に規定されたおもなものです。

と同時にパチスロ業界に参入し、実際に遊戯台を世の中に発表、販売するメーカーがかなり増えました。

1号機から新規参入したメーカーは

  • エーアイ
  • 興進産業(現テクノコーシン)
  • タイヨー
  • 大東音響
  • パル工業
  • パイオニア
  • 新潟電子
  • メーシー販売
  • 山佐(現ヤマサ)

ですがまだ現在のスロット台とは異なり、完全確率ではなかったために、打ち手側の技術によって出玉は大きく差がついてしまうというものでした。 スロットの基本的な構造としては0号機も1号機も基準がゆるく、またパチンコホールではほとんどの店がパチンコをメインとしていました。

パチスロ専門店をやっていたところでも、ホールに設置することのできるスロット機種は120台が上限という今のパチスロ専門ホールでは考えられない小規模なものでした。 それだけパチンコに対してパチスロは一般の人々の中ではマイナーなものとして扱われ一部のユーザーにしか受け入れてもらえなかったものともいえます。

現在では当たり前のように揃えて取りこぼしたくない小役も吸い込み方式を採用しているために、揃えないようにすることでボーナスが近くなるというものでした。 当時のスロットは、通常時にすべての小役を外し続け最短でボーナスを引いていたのです。